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私の強迫障害の歴史



私たち家族には病気以外にもたくさんの歴史があります。心から笑い合った事も喜び合った事もたくさんあります。
でもここでは あくまで病歴のみ記すことにいたします。





1983年   結婚。借家住まいを始める。
       戸締りを慎重にする。
       コンロ周り、キッチンの油汚れに敏感になる。

1985年   築17年の中古住宅購入。


       戸締り、火の元が特に気になる(初めての我が家という財産)
       油汚れが部屋中に広がる恐怖の上に
        砂埃が気になる(古屋のため、隙間風でざらつくのがとても嫌になる)
       食べこぼしが気になる(狭い家なのですべてをリビングで兼用するため)
       寝具、衣類による誇りが気になる(古い天井の黒ずみでは小さな誇りが嫌なほど鮮明に見える)
       タバコのにおいと煙が嫌いになる(結婚1年でやめたタバコのにおいに嫌悪感を覚える)


       ますます気になり出した物に対して敏感になる。(布団の上げ下ろしも、そっとめくるようにするようになり
        
         あるときは空気中のほこりを掃除機で吸う行動に出る
         洗濯物も人目を気にしながらベランダにシートを引き外でたたむことたびたび

        家の中で揚げ物が出来なくなる(裏庭でカセットコンロでこっそりと揚げ物をするようになる)



1990年   長女誕生、不妊治療の甲斐あって、妊娠悪阻での3度の入退院の後、安産で生まれるが低体重児で保育器に入る
       乳児の衛生に気を尖らせる。
       忙しさにかまけて、綿ぼこりや砂埃が気にならなくなる。
       が、相変わらず食べこぼしには敏感である(やめようとすればするほど気になる)

1992年   同い年の子供を持つ沢山のお母さんたちと仲良くなり
       遊びに来てもらうたび、帰った後におもちゃの水洗い、水拭き
       床、壁の洗剤拭き3〜5時間コースが始まる
       この頃旦那が出張のため、よく実家に帰ったが
       戸締りに1時間はゆうに掛かるようになる

1997年  子供、小学校に入学。
       同年、家の建て替えをする。
       3階建てになり、子供部屋が3階の奥で
       友たちが遊びにくるたび、帰った後、何時間も家中の掃除をするようになる。

       子供が友達を呼ばなくなる。母の行動の異常を口外することはない

       戸締りに対する恐怖は少し薄れる。
       (食べこぼしの恐怖でそこまで気が廻らなくなる。)

       内科医に不眠症と生理前症候群で掛かるようになる
       1年ほどで内科的には問題ないと見放される
       この頃、盛んに「死にたい」と子供にこぼすようになる。

2002年   犬を飼う。犬の毛の恐怖がさらに襲う。
       洗濯物を洗濯機に入れる前に屋外で思い切りはたかないといられないようになる
       同年、12畳のリビングを2部屋に分ける工事をする。
       片方を洗濯部屋とし、雨の日の室内干とs洗濯物をたたむ部屋にする
       食後掃除機を掛けるがその排気で家中に食べこぼしが広がると言う恐怖にとらわれ、さらに家中、掃除機を掛けまくる

       いったん料理すると風呂に入らずにいられなくなる。
       子供に食べ物を出すことが出来なくなる

        洗濯物が1日10杯を数えるようになり、掃除機は深夜、明け方関係なく気になるとかけなくてはいられなくなる
       当然、ほとんど寝ていない

       とうとう、精神的にまいってパニックになる。
       同じ頃、子供も耐えるに耐え切れずリストカットをする様になる。

       ここに至って始めて保健所に相談し病院の門を叩く事になる。




 
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